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『One Green Bottle』ロンドン ソーホーシアター

ロンドンのSoho Theatreでは、少し前の2018年4月27日から5月19日まで、日本の演劇界の鬼才、野田秀樹による『One Green Bottle』が上演されていました。これは、日本で2010年に上演された『表に出ろいっ』の英語版です。

One Green Bottle. Glyn Pritchard, Kathryn Hunter & Hideki Noda ©Helen Maybanks & Soho Theatre

野田秀樹は、日本では非常に有名なのでご存知の方も多いと思いますが、初めて聞くという方のために、簡単にご説明します。1976年に東京大学の学生演劇を母体に、オリジナルの戯曲で自らも演じる劇団「夢の遊眠社」を立ち上げ、大人気を博しました。1992年に劇団を解散して、1年間ロンドン留学し、帰国後は演劇企画制作会社「NODA・MAP」を設立。その後ロンドンでも『Red Demon』(2003)『The Bee(』(2006) 『The Diver』(2008)などを上演しました。2009年に東京芸術劇場の芸術監督に就任し、劇作家・演出・俳優として、40年以上第一線で活躍しています。日本では多くのファンがいて公演チケットは即日完売してしまうので、ロンドンの小劇場で間近に見ることができたのは貴重な機会となりました。

言葉も動きもスピード感にあふれ、語呂合わせや言葉遊びも多い作風なので、どう英語にするのか…というのが翻訳者としては気になるところです。ユーモアや笑いというのは、文化に深く根差しているので、直訳して通じるものではありません。

今回の英語翻案を担当した英国人ウィル・シャープは、テレビ・シリーズなどを手掛ける若手脚本家・俳優です。日本人ハーフで日本文化にも通じており、野田秀樹が「この戯曲の面白さ、そして英国で何が伝わり何が伝わらないかが、すぐにわかった」と評しています。こうして信頼を得て、2010年の日本での『表に出ろぃ』とは、設定は同じながらも英国向けにさまざまな要素を変えた、まさにトランスクリエーション作品なのです。

One Green Bottle. Kathryn Hunter ©Helen Maybanks & Soho Theatre

たとえば、英語版タイトルになっている Green Bottle。これは英語の「Ten Green Bottles|という数え歌の一節です。10本あった瓶が、だんだん減っていく…という歌ですが、これが劇中で不気味な効果をあげます。でも、日本人の観客にとっては馴染みがない歌なので、英語版鑑賞後に「あれってどういう意味?」と言う人も。日本の演劇ながら、英国の作品となっているわけです。

2010年の日本での公演は、歌舞伎役者の故18代目中村勘三郎が父親役を演じ、野田秀樹が母親役を演じました。今回の英国公演でも、歌舞伎の囃子方田中流家元の田中傳左衛門が、舞台で鼓を生演奏という本格的な演出です。英語版でも父親は日本の伝統芸能の重鎮という設定は変わりませんが、大きく違うのは女優のキャサリン・ハンターが演じたことです。知らずに見ていると、小柄な男性なのか…と思わせてしまう演技で、能を舞います。男女逆転した配役で、母親役は野田秀樹、そして10代の娘役を大柄な男優グリン・プリチャードが紫のカツラで演じました。奇妙な3人家族は、それぞれの用事で外出しようとするけれど、誰かは留守番しなくてはいけない…そこで言い争ううち、それぞれアイドルや新興宗教など、家族は全く知らない奇妙なものに‘はまって’いることがわかります。その偏愛こそが自分の存在全てで、自分だけは外出しようと相手を阻止するうち、家族は泥沼の展開に。

日本の古典芸能からサブカルチャー、カルト宗教など、文化のさまざまな面を盛り込んでいます。これも翻訳の腕の見せ所で、たとえば新興宗教は、日本版ではオウム真理教を意識しているそうですが、英国版ではデジタル世代のカルトに変わっています。

決して若くはない俳優たちが終始ハイテンションで、ものすごい柔軟性や身体能力を駆使して物語は進んでいきます。カラフルな舞台美術で、文字通りドタバタ喜劇ながら、底辺に深いメッセージを感じさせる…と感じたのは、野田秀樹の作風を知るからでしょうか。日本に行った事もなく、野田秀樹を知らない人にはどのように映ったでしょうか。気になるところです。

次回、もしこのような機会があれば、ぜひご覧になってみてください。

記事提供:松島あおい

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