観光庁発行のライティング・スタイルマニュアルをご存知でしょうか?日本の観光に関するコンテンツを執筆・翻訳する我々にとって貴重なリソースです。
日本の観光庁はここ数年、少数精鋭の研究者、ライター、編集者の協力を得ながら、日本における英語表記の改善を目指す大規模プロジェクトに取り組んでいます。「改善」と言っても、おそらく大半のケースでは、その土地の解説文が初めて良質なネイティブ英語で執筆されることになるでしょう。
このプロジェクトは、日本の凄まじいインバウンド観光ブームに対応する形で発足したものですが、ちょうど私が日本からイギリスに戻った頃に始まったように思います(特に深い意味はないと信じたい…)。
2012年に年間800万人程度だった訪日観光客の数は、2024年に過去最高の3690万人を記録しました。そして日本政府が打ち出した2030年の目標は、なんと6000万人!
最近、日本旅行に関するテレビ番組が増えてきたな、と感じたことがあるのではないでしょうか。
そこでスタイルガイドの出番
このプロジェクトには、私自身これまで何度か携わったことがあります。浮世絵の木版画に関する記事から、泡盛に関する文章執筆を目的とした最高の沖縄取材まで、その分野は実に様々です。その過程で、プロジェクト共通のスタイルガイドである観光庁発行の『ライティング・スタイルマニュアル』にも自然とかなり詳しくなりました。
最新となる2024年2月版では分量が78ページにも及び、日本の旅行関連コンテンツに携わる人ならぜひ参考にしたい貴重なヒントに溢れています。このブログ記事では、その中でも私が特に注目したものをいくつかご紹介します。
これからご紹介する内容には私自身の意見も含まれますが、あくまでも個人の意見としてご覧ください。観光庁のこのガイドは、私よりも遥かに経験豊富な、腕利きの編集者チームによって編纂されているのですから!

1. 外国人向けの情報はシンプルに
マニュアルには、外国人向けの解説文と日本人向けの解説文は同じではないことがはっきりと記載されています
「日本の歴史・文化・社会について背景的な知識を持っている日本人なら容易に理解できる情報であっても、外国人旅行者が同じように理解するとは限らない」
実際、これが原因でうまく機能していない観光関連の翻訳が非常に多いのです。日本の文化や歴史について、日本人と同等の知識を持っている外国人観光客はほとんどいません。
そういった背景もあり、文章を翻訳するときは説明や丁寧な編集が欠かせません。最初から英語で書く場合には、想定される読者の知識や興味を考慮する必要があります。
2. 読者は英語ネイティブだけではない
英文で執筆したコンテンツは、英語を母国語としない人が読む可能性があることはもちろん、他の言語へ翻訳する際のベースとして使われることが多くあります。
「平易な語彙を用いて事実解説に徹する」「必要な語のみで文を構成」「複雑な構文を避け」「非英語母語者にも読みやすく」記載することが重要だと、マニュアルには記載されています。
経済誌『エコノミスト』が発行する私のお気に入りのスタイルガイド『エコノミスト・スタイルガイド(The Economist Style Guide)』や、その他多くのスタイルガイドもこれを認めています。
3. 日本語を多用しない
これは最近のトレンドに相反するルールとして興味深い項目です。昨今、次々と新たな日本語が英語圏に流入しています。日本小説の英訳版では、その語彙に関する特段の説明もなく、多くの人が知っているような日本語ではないにも関わらず、日本語の単語がそのまま使われるケースがこれまで以上に増えているように感じます。
とはいえ、マニュアルでは日本の観光コンテンツについてこうアドバイスしています。
「英語で説明しようのないもの、その日本語を知ることが観光対象物の理解と鑑賞に寄与すると判断されるものについてのみ[日本語を]用いる」
4. 筑波山の表記…どうする?
思わず頭を抱えてしまうものの一つに、山の名前があります。日本の山の多くは名前の最後に「〜山(さん)」がついているため、英語で”Mt. Tukubasan”と訳すと、日本語では「筑波山山」のような意味合いに。これは山に限らず、寺院や川などにも当てはまることで、たとえば”Kinkakuji Temple”は「金閣寺寺」になってしまうし、”Arakawa River”は「荒川川」になってしまいます。
これについて、マニュアルでは日本の流儀らしく「状況に応じた」アプローチを推奨しており、”Mt. Tsukuba”はオーケーだけれど金閣寺は”Kinkakuji temple”が望ましく、次に”Kinkakuji”が続きます。

5. 日本人の名前の順序は…知名度による?
もう一つの悩みの種が、日本人の氏名表記です。マニュアルでは、日本人の名前は姓・名と日本語の語順での記載が推奨されているものの、その人物の名前が英語圏ですでによく知られている場合はどうでしょう?英語では「ムラカミ・ハルキ(Murakami Haruki)」と「ハルキ・ムラカミ(Haruki Murakami)」、どちらがより自然に聞こえるでしょうか?
6. 「日本」を強調しすぎない
少し意外に思われるかもしれませんが、英語の解説文を読んでいる人はおそらくもう日本にいるか、少なくともその解説文が日本に関するものであることを理解しているはずなので、日本について書くときに繰り返し「日本」と書く必要はないのです。
…と言いながら、このブログがそのアドバイスに従えているのかどうか、少し自信がありません。
The 2024 edition of the Writing and Style Manual English for Sightseeing Destinations around Japan can be accessed here.
2024年版『地域観光資源の英語解説文作成のためのライティング・スタイルマニュアル』は、こちらからアクセスできます。ぜひ一度ご覧ください。



