トランスクリエーションを最もシンプルに定義するならば、ずばり「翻訳+コピーライティング」。つまり、ちょっとしたクリエイティブさを加えながら翻訳する作業を指し、マーケティングやブランディング、Webサイトやコンテンツ制作に最適です。
私は2022年4月以降、スタートアップや持続可能なテクノロジーを特集するJ-StoriesのWebサイトで、コンテンツライター兼翻訳者として様々な記事を担当してきました。これには、70本以上のニュース記事の「トランスクリエーション」も含まれます。
ニュース記事のトランスクリエーションとはどういうことだ、と思われるかもしれません。ニュース記事は事実に基づいているのだから、「翻訳」で十分なのではないか?…と。
その問いに答えるには、印刷物であれオンラインであれ、日本語の記事は英語とはまったく異なるスタイルで書かれていることが鍵になります。単に翻訳するだけなら基本的な情報は伝わるかもしれませんが、英語圏の人にとってはもともと英語で書かれた記事よりもずっと読みにくく、面白味のないものになってしまいます。
つまりトランスクリエーションとは、日本語の記事を「英語」のジャーナリズム形式に翻訳して書き直す作業なのです。
私はこれまで、J-Stories向けにカーボンネガティブなコンクリートからストレスを抱えた犬に聴かせるAI音楽まで、様々な記事のトランスクリエーションを手掛けてきました。

かくいう私も、J-Storiesの記事を翻訳し始めた頃はそのままシンプルに「翻訳」をしていました。その後、翻訳文を編集する過程で不要なものを取り除き、補足が必要と思われる箇所には情報を追加し、記事の執筆者に質問をするなどしていました。
しかし経験を積むうちに、そのプロセスがだんだんと「日本語で記事を読み、その情報をもとに英語の記事を書く」というものに進化していきました。
トランスクリエーションは、「翻訳+コピーライティング」というより「翻訳+ジャーナリズム」と言えるかもしれません。言葉の定義はともかく、ここからは日本語の記事を英語にトランスクリエーションする際のプロセスについて、私が思うことをいくつかご紹介したいと思います。
1. 見出しはパリッと
ジャーナリズムの定説ですが、見出しを突破して記事の内容まで読んでくれる読者はほんの一握りしかいません。だから見出しが興味を惹くものでないと、記事の内容をどんなに頑張ってもあまり意味がありません。日本の読者は集中力が長いかもしれないし、日本語の方が限られたスペースで情報を伝えやすいかもしれない… それでも、私はいつも見出しを短くしようと努めています。
また、私たちが行うのは「トランスクリエーション」であって、文字通り翻訳することが目的ではありません。見出しを完全に変えてしまってもいいのです。「英語読書はこのストーリーのどこに興味を持つだろうか?」を常に考えましょう。
私はまず「仮置き」の翻訳見出しをつけ、英文記事が完成した後に本格的に見出しに手をつけるようにしています。

2. それ、さっき言わなかった?
日本語の記事では、重要だと思われる事柄は何度でも言及すべきだ、と思われているのではないかと感じることがあります。少し皮肉っぽいかもしれませんが、英語ジャーナリズムの簡潔さ重視とは明らかに対照的です。
実際の作業では、トランスクリエーションのプロセスを「日本語の記事から余分な脂肪を削ぎ落とす」機会と捉えることができます。典型的な例としては、インタビューに答えた人の発言が引用直後に記事本文の中で繰り返される、というものがあります。
そういう意味で、トランスクリエーションはコピーエディティングの領域にも踏み込みつつありますが…その沼にハマると抜け出せなくなるので注意が必要です!
3. 必要なことは説明する
トランスクリエーションでは、原文にはない説明を加えることがよくあります(観光・ツーリズム関連のコンテンツ翻訳についてはこちらの記事を参照)。日本人向けに書かれた記事はほとんどが日本社会や文化に馴染みのある読者を想定しているため、日本人以外の読者には背景が伝わらないことがあります。
例えば、J-StoriesのWebサイトに掲載される記事の多くは、日本人口の少子高齢化に取り組むテクノロジーやイニシアチブを紹介しています。日本人読者はこういった諸問題に馴染みがあるので簡単な説明だけで理解できますが、人口動態がまったく異なるアメリカをはじめ海外に住む読者にとってはより詳細な説明が必要になります。
そしてもちろん、これ以外にも明らかに説明が必要な日本関連のトピックというのもあります。こちらの記事で紹介した鼓動高まる畳や刺身に潜む寄生虫などがその例です。
4. 「ビジョン」「ミッション」「夢」には要注意
これはどちらかというと、「文化の違い」に分類されるかもしれません。
英語圏のスタートアップ企業のCEOたちは、あくまでも事実に基づき、その企業ならではの強みや製品のメリットを紹介する傾向にありますが、日本の役員たちはミッションや夢を語ることが多いのです。たとえば、世界を変えるために会社を立ち上げたとか、(たとえ国内でまだ顧客が見つかっていない状態でも)どのように世界進出を計画しているか、などです。
私が思うに、日本の読者は、こういったコメントをCEOの誠実性や情熱、野望の表れとして好意的に受け止めているのでしょう。しかし、英語話者にとっては絵空事としか映らない可能性もあります。そういう場合には、英文記事としてより良いものになるよう、こうした引用を省略したり言い換えたりするのも一つの手です。
ジャーナリストがインタビューを受けることに…
そういえば、去年の夏に日本を訪れた際、私がJ-Storiesのチームからインタビューを受けることになりました。私が話したことは日本ブランドのコピーライティングに関することがほとんどでしたが、日本語を読める方には面白い内容になっているかもしれません…時差ボケがありありと映る私の顔を見るだけでも!




