21世紀の侍:相馬野馬追祭り

イギリスに帰国した昨年の夏は、長く住んだ日本を離れる直前まで各地を取材してまわりました。福島県南相馬市の相馬野馬追祭りも、その中の1つ。これは本 当にすごいイベントで、2011年3月に起きた震災以来、南相馬市が乗り越えてきたことを思うと、なおさらそのすごさを感じます。桜井勝延市長自ら、震災 の数日後、英語でYouTubeにビデオを投稿し、甚大な被害に苦しむ南相馬市への支援を求めました。下に市長の写真をいくつか載せています。昨年は相馬 野馬追は、馬の背にまたがった400人の侍たちが3日間の祭りに参加しました。下に載せた記事でも伝える努力をしていますが、相馬の侍の家にとり、代々そ の家を継ぐことは大変重要なことです。厳格さと堂々たる威厳のある祭りの様子は、日本全国によくあるお酒を飲みながらのどんちゃん騒ぎ的な祭りとは一線を 画しています。21世紀の日本においては、ここ以上の侍精神に触れられる場所はないのではないかと思います。(今年は7月26日~28日に開催)

[下の記事は、『The Japan Journal』誌の2014年7月号に掲載。]

ほら貝の合図で、集まった侍が列を組み陣営を出発。皆、鎧を鳴らして馬の背にまたがり、約500人の武士たちが、何世紀に渡り毎年行われてきたとおり、大将を先頭に誇らしげに南相馬市内を練り歩きます。

福島県の相馬野馬追祭りには、1000年を超える歴史がありますが、2011年3月の出来事はその中でもだれも予測すらしていないものでした。

震災当日、初めに地震が襲い、その後の巨大津波により沿岸地域が壊滅的な被害を受けました。南に約26キロ離れた場所にある福島第一原子力発電所にあった原子炉からは、放射性物質が漏出し、何千人もの人々が、住む家を追われ、未だ帰宅できない人々もたくさんいます。

Horseback samurai taking part in the 2013 Somanomaoi

馬の背にまたがり、2013年の相馬野馬追に参加する侍

誰もが祭りの中止を予測した中、南相馬市は協議の結果として何とその年の実施を決定しました。例年に比べ小規模ながらも、震災発生からわずか4か月後に祭りが開催されました。

それから2年後、私は南相馬市で祭りの写真を撮る機会に恵まれたと同時に、東北の復興に関するNHKのドキュメンタリー番組にてその様子を取り上げてもらいました。震災後3度目の祭りは、南相馬の人々の不屈の回復力と地元の誇りにより、大変な力強さを感じました。

これこそまさに武士の誇りといえるのではないでしょうか。福島県の相馬野馬追祭りで馬の背にまたがる侍たちは、地元名家の跡継ぎであり、ある意味、祭りの期間中、鎧兜以上のものを身にまとっています。

行列が進む間、私は馬の前を横切らないようにと念を押されました。江戸時代の実際の大名行列では、その場で無礼討ちに遭うこともあったといわれています。現代の祭りの際には、前を横切った人々を実際に何度か目にしましたが、そのたびにしっかりと注意を受けていました。

総大将の背中には赤い風船のような目印がついているためその姿を見つけるのは簡単です。あとに従う侍たちの兜には、龍や月、角など、それぞれに目を惹く飾りがついています。彼らにカモフラージュという概念はありません。敵を威嚇し、同士に畏敬の念を抱かせることの方が重要視されました。

今回写真に収めた現代の侍たちもまた、人々の注目を惹きます。彼らの多くにとっては、年に1度の最大のハレの日に違いありません。祭りでの巧みな手綱さばきは尊敬の的、そしてその逆は恥とのこと。

Jockeys race wearing samurai armor

甲冑姿で疾走する侍たち

祭りの初日、馬にまたがる侍たちが一騎ずつ待機場から出てくるところを見学しました。列の後ろの方で待たされ、中にはしびれを切らす馬もいました。ある1頭は、文字通り、背の上の主人を振り落とし、落とされた侍が危うく踏みつけられそうになる場面もありました。怒ったその侍は、助けの手も借りず、横倒しになった馬を鞭打って立たせるとその上に再度またがりました。

ドキュメンタリーを撮影の最中、元侍の家族が所有する農家の元を訪れました。震災の後すぐに、他所への引っ越しを余儀なくされ、訪れることは許されているものの、以前の住まいに居住しに戻ることは許されていないとのことでした。立派な家屋は、朽ちかかり、代々耕してきた農地も雑草に埋もれていました。

この農家の訪問は、私にとって、これほど多くを失った人々が、さらに負傷の危険を冒してまでこの祭りの開催にかける想いを理解するきっかけとなりました。

On the way to the festival

祭りへ向かう途中

祭りの2日目は、市内の競馬場に場所を移しての開催です。鎧ごと馬の背から振り落とされた侍は、大きな音を立てて地面にたたきつけられます。近くに救急車が待機し、忙しそうに負傷者の手当をしていました。

甲冑競馬の後には同じく危険な「神旗争奪戦」が行われました。騎乗の侍たちが祭場地に集まり、花火とともに神旗が打ちあがるのを待ちます。打ち上げられた神旗がひらひらと落下する地点をめがけ、落ちてくる旗を奪取すべく皆が一斉に馬を駆ります。

日が傾きかけるころに祭りは終わり、馬に乗った侍たちは、家に帰って行きます。以前は、誰もが自宅から祭り会場まで馬に乗って行き来したそうですが、震災後は、昨年の参加者の多くが自宅から遠く離れた場所に仮住まいをしているため、馬を借りたり、友人宅に宿泊しなくてはならないとのことでした。

疲れ果てた侍たちが田んぼの中を馬に揺られて帰っていく様子は、きっと何百年も昔から変わっていないのでしょうが、彼らを見ていると、どれほどのものが変わらずに残り、どれほどのものが変わったのだろうかと考えていました。

Heading home after the Somanomaoi

相馬野馬追の後で帰路に就く侍